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大商連青年部協議会(大青協)〜30年のあゆみ〜

あゆみ【その1】 スポーツ・平和運動、多彩な活動からスタート

中小業者の後継者問題

家族ぐるみの民商運動のなかで、当時、事業主の間で最も問題になる事の1つが中小業者の後継者問題。
大阪での青年部の取り組みは、会員の子弟の問題として重視されてきた。

最初の全大阪的な取り組みとしては1970(昭和45)年5月10日、15民商19チームが参加した全大阪ソフトボール大会であった。これは堺市の大阪府立大学グランドで行なわれ河内枚岡商工連合会(現在の東大阪東部民商)青年部が優勝している(第1回はソフトボールではなく、軟式野球で八尾市のグランドでやられたといわれている)。

またスキー大会も大阪では1976(昭和51)年1月に第1回スキー祭が戸倉峠で行なわれたが、その前に1971(昭和46)年1月3日から2泊3日で鉢伏スキー場で110名参加で取り組まれておりバス2台に分乗して車内交流会などで親睦を深めた。

1960(昭和35)年代には毎年夏に河口湖畔で行なわれていた青年学生平和交流集会が唯一全国的に民商青年部が交流する場だった。各民商も平和運動の取り組みをかねて、そこに青年代表を送った。

そうしてソフトボール大会やボーリング大会などに取り組む一方、ベトナム戦争に反対する集会などにも取り組んだ。1971(昭和46)年の黒田革新府政を実現した知事選挙では大商連青年部としての力を発揮して頑張った。その年のソフトボール大会は黒田知事杯が出された。

全大阪的に活動が活発になってきたのは、1975(昭和50)年7月に、東京で全青協(青年部の全国組織)結成の準備として開かれた全国青年部活動家交流会に、16民商青年部が参加した時からである。

全国青年部活動家交流会 せんそうアカン


あゆみ【その2】 大商連青年部協議会結成

大商連会館において32民商青年部が結成

1975(昭和50)年8月には大商連青年部活動者交流会が、27民商、37名の参加で開かれ、それが実質的に大商連青年部協議会結成準備会の役割を果たした。

同年10月26日に大商連会館において32民商青年部が結成、大商連青年部協議会結成総会が開かれ部員数923名で発足。
翌年から大青協としての活動はいっそう活発となり3・1ビキニデーには毎回代表を送った。

この年には山田洋次監督の「同胞(はらから)」の自主上映運動に取り組み、多くの青年部員に感動を与えた。そして翌1977(昭和52)年3月には「山田洋次監督を迎えての講演会」を開き、100人名の参加で大きく成功させた。

1978(昭和53)年には1月に初めて青年部のいっせいブロック会議を開き、31民商青年部が参加し、春の運動の中での青年部員拡大について意思統一をした。
5月には国連総会へ核兵器禁止を要求する代表を大阪からも派遣した。そうして7月の全青協第3回総会めざして奮闘し2000名を突破した。

1979(昭和54)年春の一般消費税反対闘争のなかで反対署名「青年部行動週間」を設定して奮闘した。3月16日には知事選勝利・業者青年決起集会を開き、6党軍団と関西財界、労働3団体を相手に回し敗れたとはいえ大きな役割を果たした。


あゆみ【その3】 業者青年が自らの仕事に誇りを持って

その後、大青協としても経営問題や簿記についての学習等に取り組んで、2世として新たな経済情勢に対応した中小業者の生きる道を学ぶ方向が強まった。

また、同時にわが国の中小業者の果たす社会的役割について誇りを持つ学習にも取り組んだ。特に80年代に入って業者青年が自らの仕事に誇りをもって働いている姿を浮き彫りにする努力をすすめてきた。

1984(昭和59)年には円高や産業空洞化の中で「大阪青年商工交流会」を開き、経営問題を青年部として本格的に取り組みはじめた。またソフトボール大会は全国大会が終わった後も、中断はあったものの引き続き大阪大会として取り組み、青年部員が最も多く集まる行事として定着してきた。

青年部として同じ仲間の要求をイキイキと語り合う「いきいきトーク」運動が1988(昭和63)年から始まり、その中で「業者青年の結婚問題」等も取り組み、さらに同年には国連軍縮特別総会へ大青協の佐藤副会長(当時)を送った。

そうして歴史的な消費税反対闘争では、売上税廃止の火蓋を切ったあの東京の明治公園の2万人集会へは大青協は独自の城東民商青年部を中心にしたデコレーションを持ち込み全国の参加者を励ました。その後の東京の大集会にはいつも先頭を切る役割を果たした。大阪での2万人集会に向けての宣伝活動に、動員に大きな力を発揮した。

1990(平成2)年には「いきいきトーク」運動の成果の上にたった全国的な交流の場として「全国青年部交流会」が行なわれ600人の業者青年が一堂に会して成功させ、大青協も積極的な役割を果たした。また翌1991(平成3)年には全青協として中小企業庁交渉をもつなど新たな展望を切り開きつつある。

大青協は今期2005(平成17)年に創立30周年記念を迎えるが、これまで青年部の活動で奮闘していた人たちが現在各民商での、また大商連での役員として全大阪的に奮闘している。こうして強力な大青協の存在は大商連の将来への発展を保障するものである。

仕事に誇りをもって働いている姿 同じ仲間の要求をイキイキと語り合う「いきいきトーク」運動 大青協の存在は大商連の将来への発展を保障するものである

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